現地隊員レポート             「りる」第54号より 

                                                    セネガル   T.W.
                                                             平成21年度4次隊
                                         村落開発普及員
    

 

『りる読者の皆さん、アッサラーマーレクム。』

  こちら、西アフリカのセネガルはメディナサバ村の村落開発普及員、若宮武です。今回、初めて、りるにて活動をレポートいたします。

 セネガルはアフリカ大陸の西の端に位置する国です。日本の約半分の面積に、日本の人口の約10分の1、約1300万人が暮らしています。パリ=ダカールラリーの終着点である、ダカールがセネガルの首都です。ダカール首都圏の人口は約250万人と言われており、西アフリカでも最大規模の都市です。

街には欧米や日本の車が走り、スーツを着てネクタイを締めたビジネスマンが闊歩し、ガラス張りの高層ビルも立っています。フランス資本のスーパーマーケットでは、欲しい調理器具や調味料が手に入りますし、電気屋ではスキャナー付きのプリンターも買えます。お金さえ出せば、おいしい寿司、フランス料理、韓国料理なども食べれます。

 一方、私の任地であるメディナサバ村は、ダカールから車で6時間ほど南東に行ったところにあります。人口は約3000人。初めてここに着いたときは、いかにも「ザ・村」という印象を受けて正直、不安にもなったのですが、ここに住んで半年間、周辺の「村」もどんどん回るようになると、メディナサバ村がほどよい程度の「町」に思えてきます。今となっては、ダカールよりもずっと、居心地がよく、住めば都です。

メディナサバ村

 行政上、この村は郡庁所在地ということもあり、電気や水道は整備され、学校、病院、モスクもあり、野菜、肉、魚、工具など、日常必要なものは手に入ります。また、隣村が国道沿いにあり、隣国・ガンビアとの国境でもあるため、州都や首都への交通アクセスは案外いいです。とは言え、停電、断水は日常茶飯事ですし、藁葺きの家も多く、ましてや、窓ガラスのある建物は数軒しかありません(我が家にもありません)。

村の中を歩くと、名前は知らないものの、いつも顔を会わせる顔見知りが多く、挨拶や世間話をしながらの散歩やお買い物になります。大家さん家族、商店のおっさん、食堂の兄ちゃん、配管工のおっさん、工具屋の兄ちゃん、みんな親切で、陽気で、気さくな人たちです。

 さて、私の配属先は森林局ニオロ県事務所というところで、育苗、植林支援、野火対策、狩猟管理、土壌保全などを業務内容としています。その、森林局から出された私に対する要請は、森林局をカウンターパートとして数年前まで行われていたJICAのプロジェクト、「PRODEFI(プロデフィ)」のアフターフォローと、その効果波及を目的とした活動です。

現在、同じ目的でニオロ県内に8人の隊員(職種:野菜栽培、村落開発普及員、植林)が派遣されています。PRODEFI時代は日本からの専門家が入り、また、対象地域の各地区ごとに地元セネガル人の普及員が配置され、村の開発に関わる研修事業(野菜栽培、染色、石鹸作り、植林など)が行われていました。

村の男たちと一緒に採密

林産資源の利用による収入向上手段としての養蜂もまた、研修の一つとして、いくつかの村落で普及が図られました。私の前任者は、その養蜂研修に村人と一緒に参加して自ら、養蜂を学び、養蜂箱や防護服なども地元の木工職人や仕立て屋に発注して制作し、3ヵ村での養蜂を導入しました。

養蜂箱の中

 私は今まで、養蜂に関わったことがなかったのですが、ここ、メディナサバ村に来て初めて、養蜂に携わることとなりました。前任者の仕掛けた養蜂箱の採蜜作業や、雨季の雨風で転倒したのを直すなどの作業を村人と一緒になって行っていま・・・した。(次号に続く)