『日没する国』モロッコより   「りる」第29号より

                                                    モロッコ   H.A
                                                             平成12年度2次隊
                                     農業土木
                                                                

 「日出る国」の使者が「陽の没する大地」より活動内容を報告したいと思います。

 農業土木隊員としてミレニアム最後の月に日本を出国し、ここモロッコでの生活も1年半になろうとしています。恵みの水をもたらす雨季も終わり、ただ太陽のみが支配する乾季に移りつつあるモロッコですが、今は1年で最も美しい季節だと思います。畑の麦は太陽の光をいっぱいに受け緑の葉を風になびかせており、その後の収穫時には黄金のじゅうたんを私たちに見せてくれることでしょう。

 モロッコは北アフリカに位置し、アルジェリア・チュニジアを含め「マグレブ3国」と呼ばれています。「マグレブ」とは「太陽の没する大地」と言う意味があり、「日出る国」日本とは対照的なロケーションです。国土の中央部には4つの山脈が連なり、特にオートアトラスと呼ばれる4000m級の高い峰は、モロッコの地理を大きく2つに分けています。アトラスから北西部は大穀倉地帯になっており、首都ラバトをはじめ商業都市カサブランカや世界遺産にも指定されている迷宮都市フェズなどがあります。一方アトラスから南東部は広大なサハラ砂漠が広がり、所々にオアシスが点在しています。公用語はアラビア語ですが、フランス保護領だったこともありフランスの影響を強く受け、フランス語も広く使われています。ただし国教はイスラム教であると憲法にも明記されているように、人々の生活にはイスラム教の価値観が深く浸透しています。

 さて、モロッコの紹介が長くなってしまいましたが、ここから私の任地「アルバ・ティゲドゥイン」と私の活動について触れていきたいと思います。ここ「アルバ・ティゲトゥイン」はオートアトラス山脈の麓に位置し、先住民族ベルベル人の住む小さな村です。この村ではフランス語は通用せず、村人はアラビア語・ベルベル語を日常的に使うため、私も赴任当初はコミュニケーションをとることができず苦労しました。(もちろん今でもコミュニケーションは最大の悩みです・・・)しかしながら、村の中心部には水道・電気・ガス・電話がすでに整備されており、今では携帯電話も普及しつつあります。ただし、中心部を一歩出ると(例えば川の対岸にある集落)、そこでは女性は朝早くから水汲み・薪拾いに出かけ、男性は日の出から日の入りまで畑で農作業をし、子供たちは羊を追う生活を見ることができます。

 私は農業土木技師として村役場に配属されていますが、村の技術者と協力し村に関わる事業のすべてに関わっています。具体的には、赴任後すぐに村長から「植林をしたいのでプランを作ってくれ」と言われました。植林は専門ではないので、最初は断るつもりでいましたが、これも何かのチャンスと思いやってみることにしました。植林活動計画書を作成したり、20m巻尺を持ち1カ月間植林予定地を測量したりと、やることすべてが初めてで苦労もありました。新しい発想をと世界の乾燥地域で広く利用されている、「点滴灌概法」の導入も検討しました。現在では村から民間の団体に活動が移され、少しずつ植林は進んでいます。

その後は、未舗装道路・用水路・上水道の調査・整備のため片道2時間〜4時間かけ村内を歩きまわっていました。村内の移動手段は、ラバ・ロバ・徒歩のみで車両の通行はできません。したがって未舗装ではありますが、車両通行可能にするため道を整備拡幅する調査をしレポートを書きました。また、人や作物にとって木は必要不可欠なものであるため、用水路・上水道整備は村人からの要求も強く、道路整備同様、調査をしレポートを書いています。

さらに、村役場入り口に門を作るとの話しから、門の設計図を頼まれましたが、建築物など作ったことも無く、同期建築隊員のアドバイスのもと図面を描きました。幸運にも事故など無く、立派な門が出来上がりましたが、図面とは少し違っています。それを笑って許してしまう、モロッコスタイルを垣間見ることができました。

 門の前で

 アメリカ同時多発テロ以降、イスラム教徒に対する偏見や差別がアメリカをはじめ、各地で見られたと聞きました。イスラム教国で活動している、我々にとっては非常に残念なことだと思っています。同僚の中にはテロ直後、「素晴らしい事だ!」「ざまあみろ!アメリカ」などと笑顔で話し掛けてくる人もいましたが、その反面「悲しい出来事だ」「イスラム教徒は平和を大切にするのだが・・・」と残念がる人がいたのも事実でした。

 イスラム教徒の大半はコーランの教えを忠実に守り、まじめに生活しています。最も大切なものは「家族」とはっきり言いますし、困っている人、飢えている人を見れば気軽に声をかけ、手を差しのべています。日本では見られなくなりましたが、都会の若者がバスや電車の中でお年寄りの手を引き介助してあげる姿や、席を譲る姿を日常的に見ることができます。私の毎朝の仕事は、同僚達全員と挨拶することです。同僚は15人以上いますが、全員と握手をし「昨日はよく寝たか?」「問題は無いか?」など、声をかけあっています。天気の良い日に、私が一人でボーッと山を眺めていると、必ず「どうした?元気か?何かあったのか?」と声をかけてくれます。ただ山を眺めていただけなので返事に困るのですが、彼らなりの優しさを常に感じています。

 現場のおっちゃん達

 21世紀の始まりを青年海外協力隊員としてモロッコで過ごし、日本にいては絶対に経験できなかった事を肌で感じる事ができ、光栄に思っています。ここでの経験は、今後の人間形成に重要な部分になる事は間違いないでしょう。私はモロッコが大好きですし、ティゲドゥイン村と村人を愛しています。お金と技術を持ってきた私に、村人は優しさとたくましさを教えてくれます。残りの任期で、お金と技術以外の何かを村人に伝える事ができればと思っています。

 最後に青年海外協力隊を育てる会・国際交流課をはじめ、県内の協力隊活動にご理解ある皆様に心より感謝いたします。