活動中の隊員の皆様へ 「りる」第6号より
ケニア K.O.
昭和60年3次隊
建築
一九八五年のある雨の降りしきる日だった。毎日続く残業に疲れ、今日は早く帰ろうと決心し帰宅を急ぐ途中、高松駅の柱にふと目にとまった協力隊員・募集ポスター。
見ると本日説明会。
別に協力隊員になりたいわけでもなく、なれるとも思わず、世の中おもしろい人達がいるものだという興味半分そのままタクシーにのり、説明会場へ行ってみた。会場についてみると既に説明会は終わっており、後片付けをされていた。
ここで、T先輩に出会ったことが、大きく私の進路を変えてしまった。Tさんは、任地であったケニア共和国でのアルバムを見せ、「ケニアはいいですよ。最高ですよ。」の繰り返し。私は、「はあ」と気のない返事。
会場が閉まるというのでTさんは
「願書だけでも書きませんか。名前だけでも書いていきませんか。」
「いやいや、まだ会社にも、家族にも相談していないので。」
「まあ、そういわずに。」
「派遣国の第一希望を書く欄がありますよ。どこにしたらいいですか?」
「ケニアですよ。」
「第二希望とありますよ?」
「ケニアですよ。」
「第三希望は?」
「ケニアに決まってますよ。」
こうして、願書は出来上がり、受験したところ、一次も二次も受かってしまいケニア共和国へいくことになった。
ところが、ケニアに行ってみて、実際のT先輩の活動は大変なものだったことを知った。楽しい、うれしい二年間ではなく、マラリアにかかりながら悪戦苦闘し、隊員の間で精神力だけでTさんは活動していたとの評判だった。
アルバムを見せて、すばらしさを教えてくれたものとは程遠い現実の世界。「だまされた。」そう思い、苦笑いしながら、もう帰れない日本に決別し、異国の地で二年間全力を尽くそうと誓ったものだ。「だまされた。」と思った人間がなぜ募集説明会で隊員を勧誘しているのだろうか。
それは、やはり、協力隊の二年間のすばらしさは、筆舌に尽くしがたい体験だったからだ。T先輩とたった一度の説明会場での出会いだったが、本当に良かったと感謝している。
私は、帰国後、数年間はOB会や説明会には参加しなかった。それは、私の同期の隊員で、強盗にあったり、盗難にあったりで、「二度と行きたくない。」と言っている友人もいるからだ。体験はすばらしいが、危険性も大きい。協力隊員といっても職種も違うし、派遣国も違い、地理的条件も誰一人として同じ人はいない。だから、先輩隊員の体験談など現地へ行ってみると参考にはならない。だけど、共通していることは、日本と違う人種、風俗、習慣が待っており、その体験は人生で大きな視野を広げてくれるということだ。
先日、Tさんと久しぶりに再会した。Tさんは二度目の協力隊参加から帰国されてのことだ。私と目が合うなりその第一声は、「ぶじでよかった!本当に無事で良かった!」と繰り返された。この気持ちが、皆さんを送り出した我々先輩隊員の本音である。勧誘をするときは、「どうかすばらしい体験をつかんでほしい。」と熱烈に思う。しかし、いざ、隊員を送り出すと不安になり、「どうか、無事に帰ってきてくれ。」と祈っているのだ。
活動中の隊員の皆さんに言いたい。まずは命、次に体験。無事に帰ってきてください。私も祈っています。
ケニア・ツルカナ湖にて