国際協力セミナー         「りる」第19号より

     ジョルダン          K.S.

                     平成2年2次隊

                     水泳

 

 2回目の挑戦で受け取った合格通知、派遣国はジョルダンでした、当時の率直な気持ちは”ヘェー、世界にこんな名前の国があるんだ。アフリカ大陸のどこに・・・。”そもそも応募の動機というのは、高校生時代に通学バスに貼ってあった一枚のポスター。そこに写っていたのは、黒人の子供がお腹をポッコリ出して不思議そうに私を見ていたのです。

”あっ!この子が私を待っている。アフリカが私を呼んでいる。”と、信じて疑わなかったのです。しかし現実は場所は中近東、砂漠、イスラム教にアラビア語。すでに放心状態。おまけに訓練に入る前、イラクがクウェートを侵略。

また、訓練中の講議では、
・生水飲むな!住血吸虫注意!
・イスラム教の規律等々

平和ボケしている上に、水着になって水に入ることが仕事の私です。一体私が行ってもいいの?もうこうなったら不安を通り越し、開き直りの心境でジョルダンに飛んだことを思い出します。

 さて、派遣地は首都アンマンにあるジョルダン大学体育学部です。行ってみると25m6コース、飛び込み台まで設置されたタイル貼りの屋内プールが完備されていました。水質管理も行われ、25mの端から端までスッコーンと澄みきった水があふれていました。大きなお風呂くらいがあれば・・と思っていた私に、ガツンとパンチを放ってくれたのです。

その他、公立・私立スポーツクラブも数カ所存在しており、子供から成人の水泳教室や育成も含めてナショナルチームの練習も行われていました。想像以上に水泳が盛んで、成人はダイエットに肩こりに、子供は夏の水泳教室(まだまだ一部の人達に限ってですが)と取り組む姿勢が見られました。それならもっと親しんでもらう為、アクアビクス・リハビリ、障害者の方々の水泳まで幅広くクラスを開設することができました。

一般の方々には競泳だけでなく、水と接し、遊ぶ機会を増やして底辺を広げる事も必要と考えたのです。しかし学生の授業はそうもいきません。初めて大量の水を見る生徒もおり、プールサイドから水中へ続く階段でパニック状態だったのです。

私に鈴なりになって動けなかった生徒達ですが、そこは8人10人兄弟当たり前の大家族の強みで、面倒見の良さと各自の好奇心旺盛さも手伝い、上達は抜群に早かったのです。日本で行われる初心者指導とは異なり、まず水中で自分の命を守ることから始めます。水深4mで着衣状態のまま水に入り、脱いで15m息継ぎをしながら帰って来る。これが最初のテストとなりました。

 プールにガツンとやられ、次の衝撃はイスラム教との出合いでした。彼らにとってアラーの神の偉大さを痛感し、そしてその規律。日本では普通の行動が”非常識””恥知らず”となってしまうのです。昼食のためにレストランに行けば、店員に怒鳴られて二階に引っぱり上げられてしまいました。

一階は男性のみの席で、二階が女性もしくは女性同伴の席と、分かれていたのです。どうりで周囲の突き刺さる様な視線を感じ、穴が開くかと思う程でした。又美しい物として女性は髪の毛や肌・体を隠さなければなりません。水泳の授業に生徒がどういう格好で来るのか、興味津々でした。現れたのは長そでのレオタードに足首までの黒タイツ、そしてイシャールで普段通り顔と髪を隠している生徒もいたのです。

しかしカトリック教徒やクウェートで育ったお金持ちの人はビキニやワンピース等、様々です、、そして生命の源である、信仰深きアラーの神、約束をしても、お願い事をしても「インシャアラー」・・アラーのお導きがあれば・・・という意味で返事されてしまいます。時間に遅れる、来ないというのは日常茶飯事で、何たる無責任!と腹を立てていましたが彼らにとってはYesもしくはトライするよという口グセの様なものと理解するようになりました。それからというもの、私も大いに活用させてもらい、今となっては日本で「インシャアラー」を使えないのが、不便にさえ感じています。

 そんなこんなで、謎を秘めたイスラム教の地、特に女性社会を体験できた日々は大変貴重な経験だったと思います。しかし、それ以上に問題点も浮上してきました。女性の社会進出はめざましいものがありますが、やはり運動と女性に関しては根強くイスラム教が影響している現実は、想像を超える物があります。

バレーボールや器械体操で筋力トレーニングの指導中、一人の生徒が「こんな事は疲れるだけで、無駄。私達女性に筋力は必要無い。」と言って来ました。確かに、男性が食料等の買い出しに出かけ、女性は一日家から出ないという社会では、そう言うのも納得できます。また、「体育学部を卒業しても就職先は無く、未来が無い。」と、学部変更する生徒もいました。

非常に残念でなりません。人間が健康に生活する以上、体力・筋力は欠かす事のできないものです。生活環境の改善まで踏み込めなかった自分にも腹が立ちました。最初に衝撃を受けてから約10年が過ぎようとしていますが、現在の彼女達の意識改革に期待し、オリンピックが開催されると、あの頃の子供達が、どこかに出場していないか?と楽しみに見守る日々が続いています。