現地隊員レポート 「りる」第57号より
ホンジュラス Y.M.
平成23年度1次隊
小学校教諭
『皆さんこんにちは』
皆さんこんにちは。私は今、中米にあるホンジュラスという国で小学校教諭として活動している、三宅康仁です。
そうです、中米です!!中南米と一括りされてしまいガチですが、今回だけは中米としてのくくりで紹介させて下さい。おそらく大半の人が「中米?」「ホンジュラス??」といった感じで、ピンと来ていないのではないでしょうか。あらかじめ言っておきますが、「ホンジャマカ」ではありません。(笑)
※私がホンジュラスに行くことになり、私の友人・親族はかなりの確率で「ホンジャマカ」と覚えてしまいました。そして、そこの貴方も!?
・ハンモックを購入しに、隣り町にプチ旅行。もちろん日帰りです。そこでは家族でハンモックを作っており、一つの観光産業として家計を支えているようでした。私は大学を卒業してすぐ、協力隊を希望し、運よく合格しました。もともと大学入学時から「教師」「海外での活動」という2本の目標を掲げて、学生生活を送りました。その時から、JICA四国・アイパル香川には大変お世話になり、よく足を運んでいました。今でも、最終的には「教師」への目標を持ち、日々異国の地でセッセと活動しています。
協力隊は原則2年間の活動ですが、私の場合まだ半年ほどの経験しかありませんので、熱くホンジュラスのことを語るのは、次回の機会にしたいと思います・・・。
〈私の道しるべ〉
私にとって「青年海外協力隊」がーつの夢として抱くようになったのは、大学1年の時でした。当時、漠然と「海外」・「教師」というフレーズにこだわって、将来について考えていました。その時すでに「協力隊」については知っていましたが、だからと言って目的を持って行動していたわけでもなく・・・
きっかけとなったのは、1年の時に行った初めての海外、カンボジアでの「海外ボランティアへの参加」でした。それはこれまでの自分の考え・価値観が180度変わったような出来事でした。
上手く表現できませんが、とにかくまず「海外」に今まで以上に興味を持ち、旅行ではなくて「現地の人と一緒に生活をしたい」と強く思ったこと。そして、時間に余裕のある学生のうちに「もっと遊んじゃおう!!」と思ったことです。この2つはカンボジアでの経験・仲間との出会いによって強く考えさせられたことでした。
それまで時間がもったいないと思って控えていた友人との時間も増え、日々の生活が一層充実しました。遠方へも出かけることが増え、海外だけでなく日本について知らなかったことにも気づけ、興味・関心を持つようにもなりました。
カンボジアに行ったことが自分にとっては大きな夢への第一歩となり、今でも自分の原点となっています。「海外での生活」という漠然とした憧れも「青年海外協力隊への参加」というより具体的な目標へと変わり、それに向かうための「道しるべ」を辿って、今やっとホンジュラスに到達することができました。
・10月は配属先の小学校の創立記念日。ということで、学校全体がお祭りモード!!
さすが中米。みんな衣装に着替え、踊り&パレードそしてテンションも↑だから今、私はとても幸せです。毎日子どもたちや先生、現地のホンジュラス人と関われていること自体が私にとっての目標であり、一つの原動力でした。そして、その目標がーつ叶い、日々その幸せをかみしめながら日本とはまた違った異国での生活を十分満喫している最中です。
もちろん、「青年海外協力隊」として「小学校教諭」として、また「日本人代表」としてこのホンジュラスに滞在させてもらっているので、小学校での活動も全力で取り組んでいます。
時には、日本と比べたりして余計にへこんだり、コミュニケーションの問題などで壁に当たることもありますが、それも含めて一つの『学び』だと思えるからこそ、ホンジュラスでの充実した日々が送れているのだと思います。
・そんな子どもたちもやるときはやります!!
☆勉強に集中して取り組んでいる姿はどの国も同じでみんなステキですね☆☆
海外での2年間という期問は、本当に自分にとってかけがいのないもので、今もそしてこれからも大きな財産になると思います。今まで出会った人そして、これから出会う人すべてに威督謝して、残り1年半のホンジュラスでの活動をより有意義なものしたいと思っています。
・これは2つ目の活動校。ホンジュラスでは、この12月で年度が終わり、2か月の長期休暇に入ります。その前にホンジュラスでは、ボランティアの配属校を対象とした「共通テスト」を実施しました!!ここでの子どもたちの姿・表情も真剣そのもの。
慣習・学校の学習環境と難 しい環境にあるのは確かですが、子どもの可能性は無限大!!
最後になりましたが、今回の協力隊への参加は家族の理解・協力がなければ実現できませんでした。どんなに自分が強く願って、努力し取り組んでも、最後に自分に力をくれるのは「家族」という存在でした。もちろん、意見がかみ合わずケンカになることもありますが、それも一つのコミュニケーション。今ではなかなか会話することもできない状況です。
そんなとき、本当に「ありがとう」という気持ちを伝えたくなるのは、私にとって「家族」がとても大切な存在であったからだと思います。それに気づかせてくれたこの海外での生活、そして私の家族に心から「ありがとう」を伝えます。まだまだ先は長いですが、帰国したときに胸を張って「この2年間はとても充実した活動ができました。」と言えるようにこれから取り組んでいきます。